Angkor Explorers 【アンコール・エクスプローラーズ】 Kulen周辺の遺跡回ってたら夜になったのでTa Siamの民家に宿泊させてもろた
Kulen周辺の遺跡回ってたら夜になったのでTa Siamの民家に宿泊させてもろた

Kulen山のふもとへ遺跡を探しにいったときに、最寄の村で結婚式があったので飛び入り参加した。

ちなみに遺跡はTa Vuong(pr.)というぶっ壊れ遺跡で、2-3時間歩いて探し回った挙句にぶっ壊れた遺跡だったので思わず吹いた。

このへんは普段は静かな村だが、結婚式の時は華やかになり、普段食べれないようなご馳走まで作られたりする。村中総出で大騒ぎだ。大騒ぎは3日間夜昼なく続く、これがカンボジア伝統なのだ。
新郎、新婦は大変だろうなぁと思ってしまう。
ここへはシェムリアップからは5時間の道のり。コーラも売っていない、ボトルの水さえも・・・
夕方遅くになって村を出た。

 

田舎の結婚式は楽しい。

ご祝儀が5000Rとか10000Rの人も多い。

シェムリアップへの帰り道。治安も悪いところを通るので、この日はどこかの町に泊まろうと思い始めていた。

ガソリン補給のために立ち寄った村で、この辺には珍しく着飾った雑貨屋のおねーちゃんがいたので立ち話。ちなみにこの村にも水、氷、コーラはなかった。

おねーちゃん「どこ行くの?」
うち「Svay Loeで泊まろうかなって思ってるんだけど・・・GHあったっけ?」
おねーちゃん「それじゃあ遠いでしょ?うちで泊まっていけば?」
うち「・・・・・・・・・・・」

という会話であっさり決定した。

おねーちゃんの名前は”シンハイ”ちゃん。
いきなり家に案内され、「水浴びしましょう」と共同井戸に連れて行かれ、なぜか一緒に水浴びをした。このあたりの村にはまだポンプ式の井戸ではないので、茶色く濁った水をペンキの空き缶ですくい上げる方式だった。
家に戻ると少女がいた。会話からしてシンハイの娘の模様。

「君、結婚してんの?」と聞くと、「私、Memoi(未亡人)なの・・・」と笑みを浮かべる。
未亡人の家にお泊り、ものすごい妄想が駆け巡る・・・ くっくっく

貧しい村だったので「これで夜ご飯つくってよ。一番おいしいの!」とお金を渡す。
「何が食べたいの?」と聞かれたので
「きみの子供たちの好きなものでいいよ」といっておいた。
まず子供から攻める作戦だ、我ながらすばらしい。
ちなみに少女の奥の枕のあるところが、私の寝床となったところ。
マラリア汚染地帯なのに蚊帳がない。ほとんどの家では蚊帳を使ってない、金がないから買えないのだ。
亀がさばき終わると甲羅についた肉を食べるために甲羅を火に投げ入れた。
こんなところで甲骨占いできるなんて思ってもみませんでした。
っていうか、甲羅ってそう簡単に割れないんですね。勉強になりました。
子供がスプーンで肉をそぎ落としてる。ものすごい好物らしく、夢中になっている。

食後にあげたうちの遭難したときのために持っていた”スニッカーズ”にも、ものすごい勢いでかじりついていたっけな。
ありったけの味の素と麺までぶっこみ、料理は完成した。ご飯はいつもの3倍炊いたのだそう。
あ、でも私小食なんです、ごめんなさい。田舎の人の食事はだいたい少量のおかずorスープでご飯をめちゃめちゃ食べるのがスタンダードだ。
亀の味は多少泥臭いが、まあまあいける味だった。蛙よりもおいしい。
なぜか周辺住民も集まってきて一緒にご飯をたべる。

18時すぎに陽が落ちると、暗闇につつまれた。ガソリンランプは普段はほとんど使わないそうだ。
電化製品はまったくない。シンハイがこれからについて語らう。ムード最高!
いきなりどっかのおばちゃんが入ってきて、「今日わたしはここで寝るから」といっていきなり寝床に入っていった。 小声で未亡人が「お目付け役」みたいなことを言う。
間男ってクメール語あるんだろうかと考えてみた。
このあといろいろ昔の話になった。なぜ未亡人になったのか。などなど

カンボジアで未亡人になると大変だ。よっぽどのお金持ちでないと再婚は難しいのだ。たぶん。

20時にはもう就寝。周りにまったく明かりがないので何も見えない。
未亡人の吐息で夜遅くまで寝れなかったのはいうまでもない。亀のせいだ。

   
 

と・・・みんな寝静まった夜中にいきなり酔っ払い軍団が家の門をぶったたく。なにやら叫んでいる模様。聞くと外国人がここに泊まっているのを聞きつけた警察官と村長がどかどかと入ってきた。それから長時間質問攻め。身分証明書をみせろと何度もいうが英語を読めないのにパスポート見ても意味わかんねえだろ!あほが!といいたかったが、シンハイに迷惑がかかるといけないので我慢して耐える。おっさんたちは酔いがさめた頃にようやく開放された。

Mar/2002