Angkor Explorers 【アンコール・エクスプローラーズ】 日本テレビ電波少年「アンコールワットへの道」の場所までいきました その2
日本テレビ電波少年「アンコールワットへの道」の場所までいきました その2

2002年2月、再び彼らに会いにいった。3月のゴールに向けて、Kralanからそう遠くないところにいるだとうとふんでいた。写真はクラランの電気屋の怪しい自称日本製品 。
クラランから北上すると道を直すための盛り土が延々と続いていた。相変わらず道はうねっており、スピードはあまり出せない。
スタートから71km地点の看板を発見して、はしゃぐねずみさん(34歳)。実はこの距離は実際の国境からの距離とは全く違う。
Kralanからすぐのところに彼らはいた。邪魔にならないように挨拶して通り抜けた。
スレイスナムに到着。こどもが戦車で遊んでいた。よく見ると戦車が少し壊れかけていた。

SreisnamからSamrongへ向かう道はもう凸凹で橋もこんなんです。それでもはしゃぐねずみさん(中央)

アンコール・ワットまであと40kmの看板。
 
Osmach到着。
国境のカジノだ。
カンボジアとタイの国境。この時点では越えられないと思ったのだが・・・・
なんとカンボジア側の国境警察の人に「タイのマーケットまで行ってもいい?」と聞いたら「いいよ」というのでずんずん進んだらほんとに誰にも止められなかった。写真はタイ側からカンボジアをパチリ。タイの警察官がにらんでいた。
シェムリアプまでの帰路30km地点にてポーズをとる。

2002年3月末、彼らがゴールする日を迎えた。アンコールワットがライトアップされるというので当日友人たちとアンコールワットに入った。通常の観光客は6時に外に出されたそうだ。私たちはワット内の民家で蚊に刺されつつ身を隠してそのときを待った。

写真は遠藤からもろた

長い間ごくろうさまです。ゴールのワット前にはJSAの皆さんもなぜか全員で集合してい た。「これが役得ですよ」と言っていた、ずるい。私はガブリ寄りでビデオ撮影していたが、彼らは気づかなかったようだ。

でもちょっと前からシェムリアップ に入り、町をうろうろしていた姿をみられていたのはちょっと脇が甘いと思いました。

後日、クララン北方10kmにある王道との交差点にあったニッテレロードの文字。あ、今また道路がめちゃめちゃになりつつあるのでまたお願いします。

Sep/2001